金田剛史(愛媛大学理工学研究科・助教)


[研究概要]

 被子植物は、いったん土中に根を下ろすとその場から動いて生活の場を変えることができません。そのため、風雨が強い場所で幹が太くなったり、光の弱い環境下では茎が細長く伸長したりといったように自らの形態を変化させて環境に適応する能力が優れています。このような環境に応じた植物の形態の変化は植物ホルモンによって制御されています。
 私たちの研究グループでは、植物の成長制御のしくみに関して植物ホルモン細胞骨格の働きに着目して研究を行っています。


[研究テーマ]

植物ホルモンによる細胞質表層微小管の配向変化機構の解析

 植物細胞内には、細胞膜を裏打ちするような形で細胞質表層微小管というタンパク質繊維が存在しています。細胞膜上に存在するセルロース合成酵素複合体が、この細胞質表層微小管に沿った方向へ動きながら、新たに合成されたセルロース微繊維を細胞壁の内側に付加していくため、細胞質表層微小管には細胞壁のセルロース微繊維の向きを制御する働きがあると考えられています。植物細胞は、堅い細胞壁によって形が定められていますが、吸水によって生じた膨圧で植物細胞が成長するときには、この細胞壁中のセルロース微繊維と垂直な方向へ細胞は伸長しやすくなります(下図参照)。結局のところ、細胞質表層微小管の配向は、植物細胞の成長方向を決めています
 被子植物では、細胞質表層微小管の向きは植物ホルモンによって制御されており、細胞質表層微小管の配向の制御は植物ホルモンによる植物体の成長制御において重要な仕組みのひとつです。
 植物ホルモンの一種であるジベレリンは、植物の茎を細長く伸長させる働きをもっています。このジベレリンによる茎の伸長促進作用は、茎の細胞の細胞質表層微小管の向きを伸長方向に対して垂直に変化させることによるものであることが判っていますが、その向きが変化する仕組みについては明らかにされていません。私たちの研究室では、主にアズキの芽生えの茎切片を利用した実験系により、このジベレリンによる細胞質表層微小管の配向変化機構を解明する目的で研究を行っています
 そのために、ジベレリンによって発現誘導される遺伝子の発現や機能、植物ホルモンを作用させた時の微小管の安定性の変化やアクチンフィラメントという微小管とは別のタンパク質繊維の役割などに着目した研究を行っています。蛍光タンパク質によって標識したチューブリン(微小管の構成タンパク質)を導入した形質転換タバコ培養細胞による、細胞質表層微小管の動きの観察も行っています。


蔓植物の蔓の巻きつきのしくみ

 植物の中にはらせん状に伸長するものがあります。支柱に巻きつきながら成長する蔓植物の蔓などがその例ですが、私たちの研究室では、主にアサガオを実験材料として用いて、蔓の巻きつきに関与する植物ホルモンの探索を行っています。一例として、オーキシンが作用する組織を検出できるアサガオの形質転換体を作出して巻きつきとオーキシンの作用との関係を調べています。他にも、ジベレリンやエチレン、ジャスモン酸などといった植物ホルモンと巻きつきとの関係についても調査を行っています。
 また、細胞質表層微小管の向きに着目した調査も行っています。蔓の巻きつきが起こる際の細胞質表層微小管の変化について調べたり、実験材料としてイグサの園芸品種であるラセンイを用いて、らせん状に伸長した茎の細胞質微小管の様子や微小管阻害剤の効果なども調べたりしています。


タマネギの鱗茎形成ホルモンの同定

 タマネギは、通常は秋に植え付けられて、翌年の初夏に収穫されます。タマネギの食用部分である鱗茎の肥大は、植物体の成長段階と日長によって調節されていることが知られており、成長して葉の数が増えた植物体が日が長い環境下にさらされることが鱗茎の肥大の引き金となります。このタマネギの鱗茎の肥大は、日が長くなったことを感知した葉で合成される鱗茎形成ホルモンと根で合成される鱗茎形成を抑制する物質とのバランスで制御されると考えられています。鱗茎形成を抑制する物質のひとつはジベレリンであると考えられていますが、鱗茎形成を促進する「鱗茎形成ホルモン」の正体は不明です。この鱗茎形成ホルモンを同定するための研究を行っています。また、鱗茎形成ホルモンの候補物質について鱗茎肥大活性を検定することに利用する目的で、タマネギの形質転換体の簡便な作製法についても検討を行っています


植物の中間径フィラメントの探索

 中間径フィラメントは、動物細胞においては細胞骨格の中で最も安定なタンパク質繊維です。それらはその優れた柔軟性と機械的強度により細胞あるいは組織の形態を維持する働きをもつことが知られています。また、中間径フィラメントを構成するタンパク質(IFタンパク質)をコードする遺伝子(IF遺伝子)は動物においては多数同定されています。一方、植物細胞においても中間径フィラメントに関する研究の報告が数例あり、植物細胞から精製したタンパク質がin vitroで中間径フィラメント様の繊維状の構造物を形成することなどが報告されています。しかし、植物細胞においてIF遺伝子は同定されておらず、植物細胞に中間径フィラメントが存在するか否かについてははっきりとした統一的な見解が得られていません。私たちの研究室では、シロイヌナズナの遺伝子の中から、IF遺伝子の候補として、植物細胞内で強制発現させると細胞骨格のような繊維を形成するタンパク質をコードする遺伝子を1つ選び出し、Intermediate Filament Motif Protein 1IFMoP1)と命名しました。この遺伝子IFMoP1がIF遺伝子であるか否かの調査を行っています。


組織培養・形質転換法の改良

 遺伝子の機能を調べるためには、調べたい特定の遺伝子を導入した形質転換体遺伝子組換え植物)を利用する研究法が有効です。また、植物ではゲノム編集植物の作出も形質転換体作製法を応用した方法によるものが多いのが現状です。ところが、私たちが研究材料として用いている植物の中には、形質転換体を作製するための初期材料の入手が困難であったり、従来法では形質転換効率が低かったりといった理由で形質転換体の作製が容易に行えないことが、研究の進展の障害となっているものがあります。私たちは、エリモショウズという品種のアズキアサガオタマネギの形質転換体を簡便に作製するために、組織培養で植物体を高効率で再生させる条件や遺伝子導入の方法の改良を試みています。食虫植物ウツボカズラについても、捕虫器の形態形成について研究を行うために培養法や形質転換法の検討を行っています。


研究材料
  • アズキ
  • タマネギ
  • イグサ
  • アサガオ
  • タバコ懸濁培養細胞BY-2
  • シロイヌナズナ
  • ウツボカズラ
研究手法
  • 免疫蛍光染色による細胞骨格の細胞内局在の観察
  • in situ hybridization法による遺伝子が発現する組織の特定
  • 分子生物学的手法(遺伝子のクローニング、半定量的RT-PCRによる発現解析など)
  • 組織培養
  • 形質転換体作製
研究キーワード
  • 植物ホルモン
  • ジベレリン
  • 細胞骨格
  • 細胞質表層微小管
  • 中間径フィラメント