スタッフ> 中島敏幸/井上幹生畑 啓生
〒790-8577 愛媛県松山市文京町2-5 国立大学法人 愛媛大学 理学部生物学科 生態学研究室
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教授
中島敏幸(なかじま としゆき)
NAKAJIMA Toshiyuki
学位 博士(理学) 東北大学
E-mail nakajimasci.ehime-u.ac.jp
(注:@は迷惑メール防止のため画像化しています)
キーワード 生態進化学、理論生物学、生命記号論、共生関係、マイクロコズム
研究テーマ 図1:ケモスタットによるモデル微生物群集(細菌と原生動物)の長期の連続培養


図2




図3:分離して純化した大腸菌のミュータントをテトラヒメナ(捕食者)のいない条件で培養したもの(上:鎖状につながった細胞;下:集塊を作っている細胞


図4


図5【画像クリックで拡大】


図6
生態進化学(Evolution&Ecology)

1、手法:インビトロ(in vitro)生態系

 生命を理解するためには、細部に分解していくだけでは限界があります。生命は、生態系という全体の中で存続し進化してきたからです。本研究室では、生態進化分野において、生態系と生物の進化との関係を研究しています。特に、生態系の中の進化を研究するには自然生態系は大きすぎます。そこで,ガラス容器の中に人工的なミクロな生態系を作る手法が有効になります(これをここでインビトロ生態系と呼ぼう)。本研究室では、この視点から,世代時間の短い細菌や原生動物などの微生物でモデル群集や生態系を作成し、数の変動や構成種の進化を実験的に研究しています。具体的には、連続培養装置「ケモスタット」やガラス製のボトルにつめた微小生態系「マイクロコズム」を作り、これらを長期に培養して、その構成種の数の変化や遺伝的な変化、そして両者の関係を調べています。これにより、生態系の中で生物がどのように進化するのかという問題を実験的に調べ、一般法則を明らかにしようとしています。「生態系は構成する個体群を進化させる装置である」という立場から、微生物を用いて、様々なモデル群集や生態系を作り、実験と理論の双方からアプローチしています。

 また、このようなインビトロ生態系を用いた研究は、単に進化の法則のような基礎的な問題にとどまらず、現在重要な問題になっている「遺伝子組換え生物が自然生態系に放出されたときに、環境や生物多様性にどのような影響を及ぼすのか?」といった問題についても重要な答えを与えてくれると考えています。


2、ケモスタットを用いた細菌の捕食者下での適応進化

 微生物の連続培養の方法としてケモスタットと呼ばれる装置があります。これは、一定流量の新鮮な培養液を培養容器に送り、余剰分を排出することにより、一定の希釈率で連続的に微生物を培養する方法です。この方法で、大腸菌とこれを食べるテトラヒメナを混合し長期(約210日)に培養し、数の変動、大腸菌の進化を調べています(図1)

 一つの顕著な変化として、培養して比較的すぐにテトラヒメナの存在下で、細胞が長い大腸菌が出現し数が増してきます(図2)。これはテトラヒメナに食われにくいことがわかっています。写真の中央の楕円形の細胞がテトラヒメナで、その周りの糸状のものが大腸菌細胞です。ほかにも細胞が固まりを形成しているものも出現します(図3)


3、マイクロコズムを用いた細胞内共生の
  進化の生態学的機構の研究


 当研究室で開発したマイクロコズム(図4)は、生産者として藻類(Chlorella vulgaris)、分解者として細菌(Escherichia coli)、細菌の消費者として原生動物(Tetrahymena thermophila)からなるモデル微小生態系(「CETマイクロコズム」)です。現在、このマイクロコズムやその部分系のマイクロコズムを光照射して長期に培養しています(34年)。

 図5は、CETマイクロコズムの中の主要な要素とそれらの間の主要な相互作用示しています。赤の矢印は、主要なエネルギーの流れを示す。蛍光灯の光エネルギーは、藻類(クロレラ)の光合成により有機物に変換され、この一部が細胞外に排出されます。この細胞外の有機物は、細菌(大腸菌)に利用され、この細菌は原生動物(テトラヒメナ)に捕食されます。なお、テトラヒメナは、クロレラを食べて増殖することはできません。

 このマイクロクズムの構成種は、これまでの培養期間からいって、1500日以上は存続しており、その間の構成種の個体数やその他の変数の変化について、詳細なデータが取られていまいます。

【細胞内にクロレラを保持したテトラヒメナの出現と増加】
 このマイクロコズムを用いた研究で一つの興味深いことがわかりました。CETマイクロコズムを培養していると細胞内にクロレラを保持したテトラヒメナが出現し増加してくることが明らかになりました(図6)。この細胞内のクロレラは、テトラヒメナ分裂時には2つの娘細胞に分配されて受け渡されます。

 このクロレラを保持したテトラヒメナ(「Cテトラヒメナ」)は、培養開始から200日を過ぎると個体群全体中90%前後まで増加し、以後この割合を維持しています。このCテトラヒメナの増加は、マイクロコズム内のクロレラや細菌などの構成種の個体群動態と密接に関係していることが明らかになりました。このCテトラヒメナは、図中の藻類(クロレラ)が細胞の中にあるため、それが放出する有機物を細菌に搾取されることなく直接利用できる利点があると考えられます。このテトラヒメナは、大腸菌を主食として生きており、抗生物質で大腸菌を殺して、光だけを照射しても増殖できません。しかし、何らかの適応上の利点を持っていることが実験結果から明らかになりつつあります。



研究テーマ
理論生物学

生命記号情報論:生命システムは生存のためにどのようにして事象の不確実性を低減し、環境に適応しているのか

 生命というシステムは、自己の内的秩序を維持するうえで、生存に有利なできごとが高い確率で起こり、また不利な出来事は起こりにくいことが重要不可欠です。例えば、エサと出会うことが行き当たりばったりの偶然では困ります。できるだけ確実にエサにありつき、天敵のような危険な対象からは出くわさず、また配偶相手にはしっかりめぐり会うことが、自分の生存と繁殖を確実にする上で不可欠です

 このようなことは、個体に限りません。例えば、細胞内で起こる様々な代謝過程やまた、DNA分子の複製や遺伝情報からのタンパク質の合成も、決してランダムな分子の集合離散ではありません。分子であれ、細胞であれ、また個体であれ、それらが起こす様々な出来事が秩序をもって高い確率で起こり、継続していくことが生命システムの存続と維持に重要なことであるわけです。

 このような生命システムが持つ出来事の確率の制御は、進化によりもたらされたと考えられます。しかし、生命システムがどのような機構や原理で自分の中で生起する事象や自分が遭遇する出来事の種類やその確率を生存に好ましいようにしているのかということは、これまでほとんど解析されてこなかった難かしい問題です。

 当研究室では、この問題に理論的なアプローチで取り組んできました。以下に簡単に、研究成果、特にその考え方を解説します。

【ボール取りの思考実験】
 まず出来事の種類とその確率とは何か、またそれはどのようにして決まるのかを理解するために以下の思考実験をしてみよう
 いまここに、中の見えない暗箱の中に黄色いボール1つ、赤色のボールが3つ入っている。赤色のボールをとる確率はいくつだろう?


答えは、3/4となるだろう
 さて、もし箱が透明であったらその確率はどうでしょうか。また、ピンク色がかった色のついた半透明の箱であったらどうなるだろうか。下の図は、a として上に述べた黒い箱、b として半透明の箱、c として完全な透明の箱からボールをとる場合を示している。まえの『黒い箱』というのは特別な場合にすぎないことがわかる。

 このようにボール取りの確率を、このような様々な透明度の箱からとる問題として考えてみよう。透明の箱からとる場合、その確率はいくらだろうか(図2c)。すぐには答えが出てこない。箱の中のボールは見えるし、手もどこにあるかが見える。赤を取ろうと思えば確実に取れるし、又黄色を取りたければそれも確実に取ることができるからです。まるで、数学の問題から心理学の問題に変わったようです。プレイヤーの心理(心的状態)と行為の仕方(好みや癖などの特性)によって、その事象の種類(とられたボールの色)とその確率は異なってきます。仮に赤をとる意志があったとすると、赤をとる確率は1でしょう。
 また、その箱がオレンジ色の半透明だったとしたらどうでしょうか(図2b)。仮にプレイヤーは赤を取ろうとするとしよう。しかし透明の場合とは異なり、この場合は、見間違えにより黄色のボールを取ってしまうかもしれない。従って、赤を取る意志があっても見間違えの程度によって、それをとる確率は3/4から1の間になるでしょう

【生命はシステムプレイヤー】
 この思考実験で意味する「事象の確率」とは、ある同一の条件、即ち、同じ箱からボールを一つ取るという行為のもとで起こる様々な出来事の全体の中で、問題とする出来事がどれくらいの割合で起こるかということを指しています。ここでは、同一条件とは「繰り返し行われる同一行為」であり、「その結果生じる結果の多様度」が偶然性の度合いです。この思考実験は事象の確率について何を示しているだろうか。
 半透明の箱と不透明の黒い箱の場合からわかるように、行為者の行為の仕方は事象の種類とその確率を左右します。一つは、透明な箱の例で明らかになったように、様々な可能な行為のうちで特定の行為を選ぶという点(例えば、黄色ではなく赤を取ろうという行為)、これを「行為の選択性」と呼びましょう。もう一つは、半透明な箱の例で明らかになったように、行為者がその環境(ここでは箱とその中のボール)の異なる状態をどれほど識別できるかという点、これを「行為の識別性」と呼びましょう
 以上から、行為者に生起する出来事の種類とその確かさとして事象の確率は行為者の持つ行為の選択性と識別性が重要に関わっているといえます。

 さて、このボール取りのプレイヤーとは、じつは生命システムを比喩的に表現したものなのです。生物的世界を構成している分子、細胞、個体などは皆プレイヤーです。行為(認識)した後にどのような出来事に出くわすのか、その出来事の種類と確率は、行為の仕方(選択と識別)が大きく左右します。生命システムはこの選択性と識別性を調節して、自分に降り掛かる出来事の種類とその確率をかなりの程度、制御していると考えられます。分子が行為するというと、分子にも心があるのか、といった誤解がでるかもしれません。決して、分子にも「心」や「意志」があるなどといっているのではありません。分子であっても、それがおかれた環境に対して、それ固有の性質に基づいた特定の動きをしているということを言いたいのです。このように抽象化すれば,心を持つ我々の「行為」と分子の「動き」との間には共通の一般性があることが理解できると思います

【サイン/シグナルの発明】
 さらに、生命は、近くの物事の状態を識別することにより、遠方にある物事を間接的に識別する手段を産み出しました。もし、近くの物事と遠くの物事との間になんらかの相関関係があれば、この相関の連鎖を利用して遠くの物事の異なる状態を識別できるのです。この相関の連鎖とは、実は、サインやシグナルといわれているものにほかなりません。例えば、煙を見てその背後に火の存在を推測するというのはこの例です。感覚器の細胞が、ある分子を識別することにより、その分子を放出した天敵あるいは同種の配偶相手の存在を識別することもできるはずです。
 このように、物理的な因果作用が『近場』でしか働かなくても(これは「物理的因果作用の局所性」と呼ばれる)、生命は、サイン/シグナルという相関の連鎖を利用して、非局所的な状況を識別するすべを産み出したのです。この視点は、生命に見られる記号処理過程の研究に発展します。当研究室では、このような考えにたって数学的なモデルを作り、それにより生命システムが不確実性を低減させて環境に適応する理論を発展させています。
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